MONCHI’s diary

奄美のことをこよなく語る!!!

グルメは常に今という時代を照らしている!をお忘れなく

 

 

最近では奄美大島のグルメ事情も進化している。

 

僕の小さいころは食べるものはほぼほぼ決まっていた。

 

まあ簡単に言うと島のおじい、おばあが食べるものだ。

 

小さい時は祖父母の家が人里離れたド田舎だったこともあり、買い物にもあまり行かなかったので食べるものは同じものを一生繰り返して食べていた。

 

 

・油そーめん

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うちの油ソーメンはいたってシンプルだ。ソーメンを茹でて、ごま油と醤油数滴、ネギをふりかけて終わり。お昼ご飯は毎日これだった。

 

・鶏飯

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ばあちゃんが作る鶏飯はこんなにゴージャスではなかった、ネギ、卵、パパイヤの漬物を乗せて出汁を入れるだけ。夜ごはんはよくこれが出ていた。

 

・スパムおにぎり

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おやつはこれかスイカだった。

 

(変わった食べものシリーズ)

・スナホリガニ

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スナホリガニは波がさざめくところに足をゆっくりとつっこんで行くとこいつがぴゅーっと出て来る。それを一気に捕まえる。天ぷらにするとサクサクしてうまい。シンプルに塩でいただく。そのさくさく感からポップコーンシュリンプと呼ばれる

ヒザラガイ

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磯の岩部にびっしりとついている。スプーンを入れ込んではがせるのだ。こいつを塩でゆでるだけ。こりこりとうまい。

・マツバガイ

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こいつは茹でてその出汁でスープを入れるとうまい

カメノテ

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見た目がグロテスクだが。茹でて食べると美味である。見た目が完全に亀の手だ。

 

まわりに家が5件。遊ぶところは目の前の海と後ろに広がる山だったことから小さい頃はサバイバル術にたけてきた。

 

デザートはスイカか熟れたパパイヤ。

じいちゃんの畑には常に何百個もスイカがあったので毎日たべていた。

食べ方は海辺に持っていき、1人で毎日スイカ割をしていた。

塩をかけるのではなくて、海の中に入り塩水をつけて食べる。

目の前の大きく広がるパノラマを見ながらだから贅沢だ

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毎日、このパノラマを独り占めにしておりました。人里離れたビーチなので誰も来ません。

 

あれから35年以上。僕も奄美に行くと食べるものも変わりました。僕も大人になったもんで

 

ジェラート ラ・フォンテ

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ある日帰ったときにこれができているのを見て衝撃をw受けました。オシャレ!!

奄美にオシャレを感じたことがなかったぼくは女子さながらに興奮して入りました。ジェラートの素材はすべて島由来のものだとか。奄美にできた初めてのインスタ映えスポット。行く度に女子がむらがっています。

 

・焼き鳥 鳥重さん

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これが名瀬の屋仁川通りにできたのを見たときっ衝撃を受けた!!!!とうとう奄美大島にもこんな北新地みたいな店ができたのか!!!とびっくりしすぎて思わず入っていたら奄美に行く度に行かせて頂いています。中身は秘密!!だが、おまかせでストップというまで焼き鳥が出て来る。全部うまいのだ。あなどるなかれ、日本酒のラインナップもたまらない

 

・お店の鶏飯

どこの店とは言いませんが、だいたい奄美ではTOP2の店があるがそこにはよく行きます。

 

・島豆腐 高野さん

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奄美人なら全員知っているお店かな。豆腐尽くしの定食はボリューム満点。かつ、豆腐なのでヘルシー。豆乳飲み放題。湯豆腐食べ放題です

 

・カレー 

英国風カレーとインド風カレーの両方が食べれるお店NOANOAさん

帰ったら必ず立ち寄っています。普通盛りでもかなりの量なので大盛にする際はお気をつけて

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続いて少し離れていますが、奄美の裏側にあるウェスターナーズカフェのカレー

店主夫婦は非常にファンキーです。でも面白い

カレーも絶品です。苦労していく価値ありです。

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奄美へ帰った際の僕の幼少期グルメと最近グルメを紹介いたしました。

 

他にも美味しい店はたくさんありますので是非どうぞ

 

あの日飲んだ酒の量を僕は知らない。をよろしくお願いいたします

母の里帰りにより奄美の県立病院で生まれ、関西に移り住み、5歳の頃から夏休みになるとチャイルドプレーン(今は名称が変わってるかも)で1人で飛行機に乗り奄美大島に送られて、夏の間は祖父母と約3週間を過ごしていたあの日々から約35年。

 

僕は奄美では無事故、ハブにも噛まれたことなければ、ケガもしたことがありませんでした。

 

しかし、そんな僕は2年前初めて大事故に至り、下手すると死ぬ!なんてドキュメントを体験いたしました。

 

しかし、理由もわからず、原因も不明。いまだに奄美7不思議の一つに認定されております。

 

今日はそんなお話。

 

1人、宿にこもり海の唄を聞きながら僕はBBQをすることに決めていた。

なぜなら小さいことからの夢でもあったし、昨今のキャンプブームにあやかって、

あまりいいことがなかった日々にさよならをつげるべく楽しもうと思ったのだ。

 

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肉、ソーセージ、魚、野菜、酒を買い込んで、さ~火を起こそうとした時である。

 

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一台のキャンピングカーがガジュマルのトンネルを通って表れたのだ。

助手席のサイドウィンドウがゆっくり開き、現れたのは金髪アフロ頭のド派手なおね~ちゃんだった。

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『すいませ~ん!!ここどこですか~!迷い込んでしまって~』と元気に手を振りながら大声で尋ねてきた。

 

ぼくは近くまでかけより状況を聞いた。

どうやら夫と小さな男の子と三人で奄美にキャンピングカーを借りて一週間旅行していて行きあたりばったりでフラフラとしているらしい。

 

と、運転席から体のでかいこれまたアフロの男性が降りてきた。

 

f:id:MONCHI:20201027223658j:plain『こんちわ~』

 

見た目とは違ってとても気さくな方だった。

 

『え~!!ちっと待って~!!お兄さん、ここ宿なんですか~。今から泊まれます?』

 

と、アフロの夫婦と坊主頭の男の子が僕のパーティーに加わった。

 

いざ、魔王を倒しに!!!!と、僕の感傷に浸るはずだった夜は静かに終わった。

 

『はい~!!部屋空いてるのでかまいませんよ!よかったら1人でBBQの予定だったので一緒にしませんか???』ととりあえず本音と建て前で答えてみた。

 

しかし、アフロ夫婦に本音と建て前は通じず、、、、『やった~!!!』とアフロ嫁のハグを受け、屈強なアフロ旦那の強烈な握手を受け、坊主息子のハイタッチを受けた。

 

なかなか破天荒な家族は一瞬で僕のふところに入ってきた。

 

たくさん買った食材と酒はこうなることを予期していたのか!!!

 

僕は得意の調理技術を使い、BBQで肉を焼き、アクアパッツア、焼きおにぎり、ローストビーフなどを振る舞った。

さすがのファンキー夫婦、酒も飲む飲む。

3日分で用意していたワイン3本、ビール6缶、チューハイ10本をことごとく三人で飲んでしまった。

たわいもない話で盛り上がりながら旅の出会いを楽しみ、ふと時計を見るとすでに9時と三時間も経っていた。

 

『僕、明日、ダイビングで朝早いのでそろそろお開きにしますか!!』と声をかけると

 

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ファンキー旦那が『それでは一緒に片づけますか!!』と提案してきたが、当初の目的である【感傷にひたる】をぼくは実行していないことを思い出し、こう切り出した。

 

『あ、大丈夫ですよ!!ぼくが片づけるのでみなさんはお風呂に入って疲れを癒してください!』と。

 

坊主息子が眠たそうにしていたこともあって、僕の提案をすんなりと受け入れてくれた。

 

僕は静かになった夜のとばりに1人ゆっくりと座り、長い棒でくすぶる火をいじりながら余ったチューハイに口をつけた。

 

本当はさみしかっただけだったのか、アフロ家族との時間は僕の心を軽くしているようだった。感傷にひたりたかった僕の気持ちは意外に軽くなっていることに気が付いた。、

 

1時間ほどそこにいて火を見ながら飲んでいただろうか、時計は10時過ぎを指していた。

さて、そろそろ片づけるとするかと立ち上がり、僕はカンカンに残っている酒を捨てるため宿の前にある道路に捨てに行った。

 

2mほどの道路幅の対面側には防波堤があり、その向こう側4m下には砂浜が広がっていた。僕は道路に出て酒を捨てながら空を見上げた。

 

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(こんな感じ)

すると、灯りのない地上の上には満点の星空が輝いていた。

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綺麗だな~

 

 

ざざ~ざざ~ざざ~ざざ~ざざ~ざざ~ざざ~ざざ~ざざ~ざざ~ざざ~ざざ~

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『う、、うるさいな~、、、ん?体が動かない、、、ん?なんだ?』

右頬に冷たい砂を感じながら動かない体の状況をなんとか把握しようと試みた。

 

まったく体が動かないがどうやら波が目の前まで押し寄せる砂浜にどうやら横たわっているようだ。

f:id:MONCHI:20201027224924j:plain???????????

『ん?おかしいな。ぼくはさっき確か星空を見ていたような、、、』

 

と押し寄せる波が倒れてる左手にかかってきた。このままでは波にさらわれる。

と、波につかり出した左手に時計をつけているのが見えた。

 

僕は左手をなんとか手繰り寄せ、時計に目をやった。と同時にその時間に驚愕した。

 

1時f:id:MONCHI:20201027225108p:plain

 

星を見たのが10時半。なんとあれから二時間半たってる。

 

そんな馬鹿な!!!!!

 

時間を飛び越えた?いや、とにかく今はこの迫りくる波を避けて体を助けることだ。

 

僕は左手、右手、左足、右足、頭と少しづつ動かしなんとか起き上がった。

と、同時に左足に猛烈な激痛を覚えた。

しかし、左足を引きずりながらも砂浜から出ることにした。なんとか宿に帰り水を飲んでコトの状況を整理しようとしたが何も思い出せない。

 

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それだけ振り返っても宿を出たところの道路で星を見上げて思いにふけったことが最後だ。

 

とたんに強烈すぎる眠気が僕を襲った。僕は民宿に入り、ベッドに入った。

 

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『は!!!!!』朝いちのニワトリの声で目が覚めた。

おれは何を!!!!起き上がろうとした瞬間に強烈すぎる激痛が左足に感じたことと同時に昨夜の記憶が鮮明によみがえった。

 

しかし、空白の2時間半は何一つ覚えていない。

 

と、さらに顔と頭に強烈な痛みが走った。僕は洗面に行き鏡を見て驚愕した。

 

頬、おでこ、右目の上が紫に晴れ上がり、顔が血まみれになっていた。

そして、左足は【像の足?】と思うほどでかくなっていた。

こちらもまたどす黒い紫色に晴れ上がり、曲げようとすると気を失うほどの痛みががした。

 

いったい何が????とその時、そういえばと、アフロ家族の存在を思い出した。

 

僕はアフロ夫婦の部屋を訪ねた。が、しかし、そこにはなんの痕跡もなく、だれもいなかった。

ん?昨日のアフロ家族は夢なのか?僕以外彼らの存在を証明できる人はいない。

 

表にもキャンピングカーの痕跡もない。いったい何が!!

 

と、考えることも続かないくらい激痛が僕を苦しめた。だめだ、もう駄目だ。

これはかなりやばい。そんなことくらいは自分でもわかった。

病院にいこう。

僕は冷凍庫に入れていた酎ハイを2缶タオルで足に巻き付け患部を冷やした。

 

そして、車に乗り込み、痛みでもう聾とする中なんとか片道30分かけて近くの村の小さな総合病院に向かった。病院の駐車場についたことには冷や汗が止まらず、もはや車から出ても歩くことが出来なかった。

 

偶然にも通りかかった宿直明けの看護師さんが僕に気が付き助けてくれた。

 

僕は中に運ばれ全身をCTスキャンし、脳も念のため撮られた。

すると、左足エンゲツバン複雑骨折、脳内にも出血が認められ緊急で大きな総合病院に運ばれることになった。

 

そこからは1か月間、奄美の総合病院に入院し、関西の病院に転院し手術し、仕事に復帰したのは3か月後だった。

 

親は泣くわ、彼女は泣くわで大変だった。

 

足の損傷具合と頭の脳内出血箇所からすると防波堤から大の字でジャンプして、左足から着地しておでこから突っ込んだと考えられるとのこと。

 

普通に落ちただけなら砂浜だからクッションでここまでエンゲツバンは割れないからかなりのジャンプで重さが加わらないと砂浜ではここまで割れないとのこと。。

 

ぼくはそれまで酒はどれだけ飲んでも酔ったこともないし、記憶をなくしたこともない。ましてや勢いで馬鹿したこともない。

だから酒に酔って防波堤からジャンプするなんてまずありえない。

 

じゃあいったい????

 

ぼくは運ばれるドクターヘリの中で考えた。

山Pになった気持ちで頭の中でミスチルHANABIを鳴らしながらも僕は原因を考えた。

 

1、昨夜泊まったアフロ夫婦の坊主息子にちょっかいかけてアフロ旦那にボコられた

 

2、北〇鮮の工作員に拉致されたが、ボコられて捨てられた

 

3、UFOによってアブダクションを受け、人体改造された。

 

4、ケンムンと相撲を取って吹き飛ばされてしまった。

 

どうみてもこれらしか考えられない。医者からはあと少しずれていたら死んでいたか、もしかしたら障害が残ったかもと言われた。

間違いなく、じいちゃんばあちゃんが守ってくれたのだろう。

 

しかし、どれを考えても不可解なのだ。その前にアフロ家族は存在したのか。

 

今もなお解明されない不思議な事件でした。信じるか信じないかはあたた次第

奄美大島はなぜ沖縄と勘違いされやすいのか?をご期待ください。

ダイビングをこよなく愛して潜っているとたまにこんな女子に出会います。

 

f:id:MONCHI:20201023141748p:plain『私も奄美に行ってみたいんですよ~!!奄美大島って沖縄ですよね?』

 などと、、

 

世が世なら奄美の民がカマやナタやサトウキビを持って襲い掛かってくるはず笑

 

なぜなら昔々、奄美琉球(沖縄)に支配されていたから。

 

 

奄美大島は鹿児島県!!!!  

 

 

沖縄は沖縄県!!!!!!

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お隣さんだけど他人!!

 

まあルーツは一緒かもやけど。

 

佐藤さんと鈴木さんみたいなもん。ルーツはミトコンドリアかもだけど、他人。

 

みたいなもんです。

 

 

『島国だから一緒じゃん!』とお思いでしょうが、違います。

 

それでは違い10選。これを読んで、あなたも奄美旅行に想いを深めましょう。

 

1、言葉(方言)がまったく違う。

  琉球支配下、薩摩の支配下アメリカの支配下といくつもの支配をうけたおかげ

  で奄美は独自の言葉文化を気づきました。正直、何を言っているかわからないレベ

  ルに難しい。ちなみに北と南、集落によっても違うとか。僕は喋れないのであまり

  違いがわかりませんが。言葉に触れるのも楽しみのひとつ。

  驚いたときの『あっげ~』だけわかります。挨拶くらいは覚えてみれば?

  

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2、奄美はネイチャーを楽しむところ。沖縄はシティー感も楽しめる

  奄美はそりゃ~昔に比べたらゴーゴーカレーが出来たりもしたけど、道やトンネル

  が綺麗になった以外は大きく何かが変わった気もしません。

  山、海、川、観光地もほとんど手つかずにしてあります。

  (以下、金原原生林の写真。ゴジラの撮影に使われたとか)

  

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3、奄美は1人でしみじみ旅行できる。沖縄はみんなでワイワイが楽しい。

  卒業旅行でみんなで沖縄!なんて話はよく聞きますが、卒業旅行でみんなで奄美

  大島はいるかもだけどあまり聞きません。1人でゆっくりと風にあたりながら奄美

  はぶらぶらするのに持ってこいです。奄美に国際的な通りはありません!!

  ぼくが奄美にいくとよく1人で旅行している女性に遭遇します。

  

4、奄美ケンムン、沖縄はキジムナー

  まあ、B級妖怪ですが。それぞれに住み着いてる妖怪はその名の通り。

  お互いは親戚同士らし~

  ケンムンはいたずら好きでアメリカ占領前はよく出てきていたとか。

  大の相撲好きで、相撲を持ちかけられ、相手をしたら最後、死ぬまで相撲を

  取らされるとか、、まあ田舎伝説ですが。遭遇してみては???

  

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5、奄美黒糖焼酎、沖縄は泡盛

  奄美泡盛はおいてません。まああるとこにはあるでしょうが、基本的には黒糖。

  法律により、黒糖焼酎奄美大島でのみ製造を許されている単式蒸留焼酎という製

  法で作られているお酒です。奄美に行ったらビールの次はこれを飲んでみよう。

  飲み方は自由ですが、ぼくは水割りかソーダ割でレモンを入れます。黒糖焼酎

  糖質ゼロ飲料ですので痛風にもよいし、ダイエット中でもいける。

  関西では『里の曙』を置きがちだが、『れんと』を置いてると『わかってるね~』

  と奄美の人で関西に来てる人からお褒めいただけます。

  

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6、沖縄にはセブン、ローソン、ファミマ。奄美はファミマのみ!!

 もともとはevery one という中堅コンビニが奄美を支えていましたが、数年前に

 ファミリーマートに吸収合併されました。ぼくはセブンイレブン派なので奄美

 帰ったときは少しそこだけ憂鬱。しかし、奄美のファミマを侮るなかれ!

 every one の名残で各店舗には必ずキッチンが付いていて、お弁当、パン、総菜、

 おにぎりなどが作りたてでどれも美味しい!!おすすめはバクダンおにぎりですね。

 ファミマに変わってから衝撃を受けました!レジ横のホットスナックコーナーの

 中にあるファミチキの量!!!!!関西では5枚くらいしか並んでませんが、奄美

 衝撃の30枚~40枚!!夕方、おばちゃんが10枚買ってるのを見かけました。

 『今晩はみんな大好きファミチキよ~』ですかね。

 ちなみに他にも【島人mart】などがあります。

 

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7、沖縄は【BIG1】、奄美は【BIG2】

  人造人間17号、18号みたいですね!!作ったのがドクターゲロかどうかはわか

  りませんが、、、親会社はたぶん違うのでしょう。

  対抗心ということでしょうか。沖縄のほうはディスカウントショップですね。

  奄美のは敷地面積かなりでかいです。服からお土産、食材、花、釣り道具、なんで

  も売っています!!なんなら敷地に動物園もあります。

  困ったらここということです。

  【2】から始まる物語もあるのです。

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8、沖縄三線奄美三味線

  ぼくの祖父は【じゃみせん】と呼んでいました。幼心に三味線の胴体部分が蛇皮で

  できているから【蛇味線】なのかな~と思っていました。祖父は奄美で朝~夕方ま

  で広い農家でお手入れをし、終わると深夜まで三味線の集まりに行って楽しむほど

  三味線の名手でした。

  さて、そんな奄美の三味線と沖縄の三線。見た目はほぼ同じですが似て非なるもの

  。ぼくも弾けるわけではないので詳しくはないですが、弦がまったく違うというこ

  とを聞いたことがあります。それゆえにサウンドが違うのだと。沖縄は太く力強い

  音を奏で、奄美は哀愁漂うサウンドなのだとか。

  それ以外にもバチや使う指も違うのだとか。

  まあ興味があれば三味線をひいてくれるお店で聞いてみてね

  

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9、沖縄に来たら沖縄そば奄美に来たら鶏飯

  沖縄に来たらこぞってとりあえず目指すのが沖縄そばですよね。わたくしも沖縄に

  友達といった時はとりあえず空港から沖縄そばの美味しい店に直行したものです。

  でも奄美大島では鶏飯の美味しい店に直行しましょう!!

  そもそも鶏飯ってなに?って思うかたはまだまだいるもんですよね。

  最近では関西でも普通の居酒屋でも見るようになりましたが、食べてみると、、、

  『こんなのただの鶏茶漬けじゃん』と突っ込みたくなります。奄美の鶏飯たべてみ

  ろと言いたくなります。鶏飯はその昔、薩摩に支配されているころに薩摩の役人を

  もてなすためにだしていたものです。平成天皇奄美で食べたほどです!!美味し

  くなければ無礼ですよ!!!美味しい店は数店あります。ぜひ探してね

  

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10、沖縄と奄美の違いはその身で感じろ

   あとはあなた自身で体験するべきでしょう!!

 

 

それではよい奄美旅行を!!!