世界から酒が消えたなら
【何かを得るためには、何かを失わなくてはならない】
昔、ある人がそう言った。
男が生まれ育ち、今も住んでいるこの町は平坦な道が多い。
PM11時。風すさぶ寒空の星の下、男は眠い目をこすりながらトボトボと歩いていた。
いつもなら軽快に歩く道が今夜はなんだかずっしりと重く感じた。
暗く平坦だからという理由ではない。
単純に眠たいからだ。
あのラインさえなければ男は完全にもう夢の中だ。
PM10時半 ピコピコ~ン
『ちょっと』
『アニキ、飲みにいきましょ』
『いまから』
一発で送ればいいものを、三発に分けて送る。
奴はいつでもカット割りが大好きだ。
野菜もカット、肉もカット、魚もカット、髪の毛もカット、恋もカット。
唯一カットしないのに、自店のお会計だけだ。
男は迷った。昼間の仕事に変わってからというもの男の起床時間は7時だ。
男のたぐいまれなる経験値からすると恐らく奴のパターンはこうだ。
飲む⇒『カラオケ行きたいと叫びだす』⇒カラオケ行く⇒3曲歌って寝る。
そのころには恐らく深夜4時は必至だ。
ある人が言った、
【何かを得るためには、何から捨てなくてはならない】
明日の快調な仕事を得るためには、後輩のお誘いを捨てるか、、、、
今夜の楽しい時間を得るためには、睡眠時間を捨てるか、、、、、、
そんな事を考える間もなく、男は髪の毛にワックスをモミこんでいた。
男は頭の中で何を考えているのか、自分でも理解できていなかったが男はこういうとき
とりあえず思考を停止させることにしている。
明日の事は明日考えればいい。
ただ一つ言える確かな真実は、『今から僕は酔っぱらう』ということだけだから。
店についた男はまだ来ていない彼らを待つことなく、ビールを頼みその真実だけを
先付代わりにしてビールと一緒に飲み込んだ。
静かに眠りにつこうとしている、夜の床辺とは裏腹に僕らの時間はなだらかに始まろうとしていた。
『大将~ビールおかわり』男は彼らが来る前に2杯目のビールに入るとともにすでに覚悟を決めていた。
男は二杯目のビールに口を付けながら相変わらず暇そうな誰もいない店内を茫然と見渡しながら【酒】のことを考えた。
世界から酒がなくなったなら、、、、、僕は数時間後には酔っぱらっている。
確実だ。
もし、酒がなかったら。僕らはどんな人生を送ることになったのだろう。
道端で座り込んで朝の6時から朝出勤のサラリーマンをよそ目にみんなで缶ビールを
飲んだあの朝も
お冷を頼んだら、テキーラしか出てこなかった夜も
酔っぱらって後輩に道にあった椅子を持って帰らせた朝7時も
パトカーのサイレンをバックに裸で革ジャンを着て歩いてきた後輩も
すべてはどのように変わったのだろうか。
二杯目を飲み終わると、まだ来ない彼らに苛立ちも感じながら男は言った
『大将、すいません。この世からお酒を消してください』
静寂の中、注文した餃子を焼く音だけが聞こえる中で男が放った言葉で世の中は様子を変えた。
『いらっしゃいませ~何名様ですか??』
『3人です!!』
『そちらのお席どうぞ~!!!』
『いや~仕事疲れたな~』
『お飲物なににしますか??』
『部長~一杯目、中生コーでいいですか?』『あ~頼むわ』
『じゃあ、中生コー3つで』
『はい~!!ファーストドリンク、中生コー三丁はいりま~す』
『お待たせしました!!中生コーラ3丁です』
『乾~杯!!ゴクゴク、、ク~やっぱいっぱい目はコーラっすね~』
なんて場面や
『それでは只今からアサヒコーラ主催、美味しい生コーラの作り方講座をはじめさせてただきます!!』
『いいですか~コーラは泡が命です!!いろいろと諸説はありますが、コーラと泡の比率は7対3です。すべてを飲み込むような暗黒を際立たせるためにクリーミーな泡が非常に重要です!そして、強炭酸を逃がさないためにも氷の配置にも気をつけてください!!』
『わかりました!!!』
なんて場面や
『うわ!!ここエクストラ・コーラあるやん。俺、あれ飲むわ!!』
『エクストラ・コーラはコカとペプシがありまして、ハーフ&ハーフもできますがどうしましょう?』
『じゃあ、俺、コカで!!』『じゃあ俺は~ハーフ&ハーフで』
なんて場面や
『本日はクラフト・コーラ専門店 no reasonさんに取材できております~。あ、店長さんですね~こんばんわ!!!こちらはどのようなお店なんでしょうか?』
『こちらはですね~アメリカからわたってきたコーラを日本テイストに米を原料などにして作られた地コーラをメインにしたお店でございます!こちらがただいまおすすめの新潟あきたこまちを使った地コーラ、コカ・コマーチでございます』
『それでは、さっそくいただきます~!!んん!!米の深さと炭酸感がよく合う』
なんて場面や
『身体検査の結果どうでした?』
『いや~、、コーラの飲み過ぎって言われたよ。糖尿ギリギリだってさ』
『まじっすか?俺なんて骨粗しょう症って言われましたよ』
『じゃあ、今夜、さっそく飲みにいっちゃますか』
『おれたち、こりないね~ワハハ』
なんて場面も、、、、
ガラガラガラ~お疲れ様で~す。
後輩たちの入店で男は現実の世界に呼び戻された。
目の前にあるのは琥珀色が美しい変わりのないビールだった。
そっか、お酒はなくならないのか。
男は現実逃避もさめやらぬまま、また4杯目のビール、そしてエンドレスに飲み続けるのであった。
男は言わずと知れて次の日は尋常ではなく眠たかった。
ある人が言った、
【何かを得るためには、何かを捨てなければならない】と
しかし、男は眠たいからといって暗い顔はしていなかった。むしろ逆だ。
男は明るかった。
なぜなら男の持論は【何かを得るために、何かを捨てたりなんかしない】だからだ。
男はすべてを得るために今日も平坦な道を歩くのであった。