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フグはなんで海にいるのに河の豚?

食べ歩き

シト、、頬に落ちた雨の始まりが足早に道を急がせた。

 

今夜は会社の社員を集めた新年会だ。

皆がタクシーで向かった中、男だけは走ることを選び、、皆よりも先に出た。

 

20分ほど走ると大きな赤提灯と赤い看板が煌々と光るフグ料理屋に到着した。

 

古めかしい昭和ながらの作りで、老夫婦がこのシーズンだけ営む歴史あるお店だ。

 

母(我が社の社長)はフグと言えばこのお店が大のお気に入りだ。

≪ふぐっこ≫およそ70歳代の老夫婦お二人がつけた名前にしてはとても可愛らしい名前である。尼崎市の富松神社の近く、住宅街にひっそりあるその佇まいは道沿いにありながらも昔からあり続けるお店がゆえにもはや風景となりつつあるお店は名を聞いても知るものほとんどいないだろう。

現に男も以前は飲食店で長い間働いていたにも関わらず去年の冬に社長に連れていかれて初めてその存在を知ることとなった。

このシーズンはフグ!とりあえずフグ!鍋と言えばフグ!やはり昭和生まれイコール鍋を食べるならフグなのでしょうか?

 

スリガラスに木枠をはめ込んだだけの立て付けが悪くなった入口の扉は隙間風を温かいであろう部屋の中にヒューヒューと一生懸命運んでいた。

両手で勢いよく開けると、老夫婦の元気な「いらっしゃいませ」が店内を駆け巡った。

平日の夜、フグというチョイスのお店にも関わらず店内は満席であった。

作業服を着た男たち、恰幅のいい土建の社長感むき出しのおっちゃん、、、

やはり土建の社長はまだまだバブリー感むき出しなんだろうか???

 

そして、ここにもバブリーなフグを食べに来たグループがいた。

我が社だ!!そして、その男だ。

「すいません、生ひとつ」

男の声を「は~い」と決して飾らず、決して急がない自然体むき出しな動きで運ばれてきた生ビールはすでに泡が崩壊して以前働いていた居酒屋なら説教ものだ。

それでも黄色と白のコントラストに年を重ねたからこそ出せる愛情色が加わり、

いつもの生ビールより美味しく感じた。

 

数々のテーブルで上がる白い湯気が部屋の温度を一度また一度とあげ、その熱さが冷えたビールをよりおいしくさせた。

ビールのうまさを堪能しながらも、目の前にどんどん運ばれてくるフグコースの料理は

どれでキラキラしていた。

≪フグ皮湯引き≫はサメ肌を感じることことなく丁寧な仕事を感じることができる舌触りと

噛めば噛むほど味わいが増す歯ごたえはグミよりも噛みごたえが高く、チューインガムよりも短時間の口さみしと幸福感を同時に満足させてくれた。

 

湯引きでひしめいた幸福感は次の口さみしさを誘発し、何かを口に入れたい衝動に刈られた。と、同時にフグばあちゃんが運んで来たのは≪フグと白菜のサラダ≫だ。

白菜の外側は大きめに切り鍋用に使い、中心の柔らかい部分は刻んで生のままサラダに引用するところはちゃんとフグ料理をわかっている証拠だ。

刻んだ白菜の中心部分を小皿に盛り、さらに細かく刻んだ湯引きはキラキラと宝石のように輝き、その上に乗せられていたのはフグの肝だ。自家製の胡麻ドレッシングで和えられたそのサラダは70歳代とは思えぬ感性でオシャレに盛り付けられていた。

実食!!!先ほどの湯引きがさらに細かくなり、プチプチ感が口中を占領、と同時にそのプチプチ感は奴の濃厚な味わいで一瞬でかき消された。肝だ。鳥のレバーよりもアッサリして、フォアグラよりも味わい深く、白菜の甘味とシャキシャキ感が癖があるかもなんて思わせていた偏見をいっぺんさせた。すべての美味しい部分を同時に感じるこの状況はまるで恋と愛を同時に感じるまれなケースだ!しかし、受け入れられずまた一口、そしてまた一口理解するために口に運。 

 

しかし、男は理解した。理解するほうがおかしいということを理解した。

そもそも男はまだ恋と愛を理解していないことを悟った。

 

そんな中、事務員さんが作ってくれていたてっちりが出来上がったようだ!

「テッポウ」+「ちりとり」=「てっちり」というのが語源であるという男の小ネタも店内の活気と生ビールを運んで来たおばあちゃんのグッドタイミングでかき消された。

 

グツグツの鍋の中から肉厚のフグ身を取り出し、自家製むき出しの柑橘の香り漂うポン酢にしっかりと漬け口へと運んだ。

 

うまい。ポン酢がうまい。

はっきり言います。男は昔から一つだけ思っていたことがあった、、正直食べているフグが上物かどうかはわからない。だってポン酢の味しかしないもん。フグがおいしいのではない。ポン酢がおいしいのだ。だからてっちりを食べる際は毎回その状況をごまかすために毎回言う言葉が彼にはあった。

 

「うまい!」

 

そう、この一言で、何がうまいかわからない。

まさに料理界の魔法の言葉である。

 

そんな時に運ばれてきたのが≪フグの唐揚げ≫だ。

男はコースの中でもこれが一番好きだった。厳密にいうとフグの唐揚げではなく、そこに付いている≪フグの皮の唐揚げ≫が好きだったのだ。

湯引きよりも少し太めにカットされたフグ皮は熱を通すことでコリコリよりも噛みごたえが増し、何回でも何回でも噛むことができた。上下の歯をかみ合わせることで皮が醸し出す味わいは深く、そして深く。こんなにも男が噛みしめたことがあるのは青春だけであろう。

覚えておいていただきたい。青春とフグ皮の唐揚げは噛めば噛むほど味わい深く、より洗練されることを。男は誰に語るでもなく、心で自分自身に語り掛けていた。

 

何度も何度も男はバカのひとつ覚えみたいにもう遠き青春を口の中でかみしめた。

 

そんな青春真っ只中の男をよそ目にすでに鍋の中は空になり、おばあちゃんによって通称、炭水化物界のダイヤ≪雑炊≫へと形を変えていた。

角もなく丸みを帯びた米たちはすでにキャラット測定不能である。

もうすでに腹がいっぱいなのに目の前に突き付けられた今しか手に入らない高級ダイヤを食べないバカはこの世にはいないだろう。

お茶碗にきれいに盛り付けられたダイヤを口に運んだ。

もう何も言う必要はない。

最高のダイヤを目の前にした超大金持ちはいちいち「キレイ」などと言って買うだろうか?答えは否だ。

そう、男は芦屋六麓荘に住むマダムのように何も語らずただただ食べた。

 

そして、フグの世界を堪能しつくした男は新年会で何を話していたかなど一ミリも覚えておらず、ただただフグと二人の世界を楽しんだ。

お会計を終わらせると会は離散。帰るまでが新年会!そんな気持ちで笑顔たちは離散して家路についた。

 

男は一人、徒歩で家路を急ぎながら思った。

 

本当はチゲ鍋が好っきゃねん。

 

明日は何が起こるかな~。現実に非現実を求めてまた旅立つのだった。